大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(う)2398号 判決 1953年10月13日

控訴人 原審弁護人

被告人 李基溶

弁護人 川村角治

検察官 中条義英

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人川村角治名義の控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対して次の様に判断する。

たばこ専売法第六六条に所謂「所持」は専売公社の売渡さないたばこであることを知り乍ら之を事実上支配し得る状態にあることを言い、必ずしも之を把持又は監守することを要しない。その存在を認識して之を管理し得る状態にあるをもつて足りるのであつて、自己の為にする意思を必要としないなどの点において民法上の占有とは必ずしも同義に解すべきものではない。而して原判決挙示の証拠(原審公判調書中の証人鄭相万及び被告人の各供述記載、臨検捜索顛末書の記載並びに原審検証調書の記載)によると原判示事実、特に被告人は、原判決詳記の通り原判示専売公社の売渡さない外国たばこが被告人がその支配人である原判示店舗に景品引換用として保管されていたことを認識していたこと従つて前記説示の意義において之を所持していたことを認めることができ、更に右証拠に被告人に対する日本専売公社専売監視作成の質問顛末書及び検察官作成の供述調書(いづれも原審第二回公判期日に検察官がその証拠調を求め被告人弁護人が之を証拠とすることに同意し原裁判所において適法に取調済)を綜合すれば、原判示事実の存在は一層明白であつて所論に基き記録を精査するも原判決には所論の様な事実誤認乃至は法令適用の誤りは存しない。所論は独自の見解に立つて原判決を非議するもので本件には当らない。論旨は理由がない。

よつて刑訴法第三九六条に従い主文の通り判決する。

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 江里口清雄)

控訴趣意

一、原判決は被告が専売公社の売渡さない外国たばこを所持したものとして有罪の判決をした。被告並に弁護人は被告の所持を否認し無罪の判決を求めたものである。そして本件の有罪、無罪は本件たばこの所持の有無で決定されることは申すまでもない。即ち所持が争点である。

二、原判決は被告が支配人であるその地位を過大評価して社会通念上被告の所持を肯定することは客観的関係に於て妥当と認定した。なお所持の観念は民法の観念に従い被告が民法上所持するが故被告の所持を肯定したと敷衍している。右原判決は事実を誤認し法の適用を誤つたものと信ずる。その理由を左に陳述する。

三、被告は非難される行為があつたか否かは本件のたばこを所持したか否かにある。それには本件のたばこを被告が所持していた具体的事実の存在を必要とする。本件の犯罪構成事実は本件のたばこである。被告が支配人として重要な地位にあり景品等を購入しその代金等を支払つているから景品についてその所持を肯定するといふ観念は何の役にも立たない。被告が本件のたばこを所持する事実の認定資料にはならない。更に具体的に申しますと、(イ)本件たばこを買入れたのは主任の鄭相萬である。(ロ)本件たばこの一部は景品倉庫に在つた。その倉庫の鍵は鄭相萬が常に所持していた。従つて倉庫内の物品の所持者は鄭相萬で被告ではない。(ハ)本件のたばこに対し被告は一指も触れて居らず又見たこともない。

四、以上の具体的事実より観て被告の所持を肯定することはできない。原判決摘示の様にたばこ専売法の所持の観念を民法上の所持と同一意義に解し被告の所持を肯定することはたばこ専売法第六十六条の規定外のことで更にこれについて処罰の法規がなければならない。これは罪刑法定主義に違反する。

五、右の次第で被告を本件たばこの所持者として有罪の判決をした原判決は失当と存じます。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例